雅な京都

京都の神社仏閣をメインに名所散策しています
小浜湾四季の沖釣行期もリニューアル。 こちらも宜しくお願い致します。→http://blog.livedoor.jp/cenugatuta2010/

カテゴリ:京都神社仏閣と歴史巡りとその界隈 > 名所と界隈の写真

今日天気が好転し良いコンディションに成ったので
南禅寺からその塔頭とインクラインの桜を探索します、
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南禅寺入り口です、臨済宗南禅寺派大本山、約700年前の鎌倉時代末
に亀山天皇(90代)が御母大宮院の御所として、
離宮禅林寺澱を造営されたものです、
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一時石川五右衛門この山門に住んでいたとか?
有名な絶景かな絶景かな名セリフは此の山門です、
今日は山門の公開中でした、
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この店は、湯豆腐で有名な順正さんです、他にも何軒かのお店有り、
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後に鎌倉幕府の干渉に嫌気がさし南禅寺で出家されました、
臨済宗寺院を統制するために五山制度を作り、南禅寺は五山の一位
と成りました、南禅寺は永観堂の南に有る禅寺なので南禅寺です、
此の山門には十六羅漢が配置されています、(藤堂高虎の寄贈です)
天井の鳳凰や天女は狩野探幽と土佐徳悦の合作らしいです、
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法堂は明治42年の再建です、本尊は釈迦如来像です、
脇侍に文殊菩薩像がまつられています、
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此れが琵琶湖疎水水橋です、明治23年完成で東山の山頂から縦穴を
堀り琵琶湖と蹴上のレベルを合わせ横穴を掘って、琵琶湖の水を引き
ました、
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この水は、銀閣寺に向かっています(哲学の道)京都では珍しく
北にながれています(人工川の為)
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南禅院です、南禅寺発祥の地です、池泉回游式庭園が見事です、
夢窓国師の作です、
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天寿庵は南禅寺開山塔です、
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金地院は鶴亀の吉慶庭園と八窓席で有名です、
(京都では二つしかない八窓席の茶室です、もう一つは曼殊院です)
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東照宮です、徳川家康の遺命により遺髪と念持仏を奉納するために
建立したものです、天井の泣龍は狩野探幽作です、この様に沢山の
塔頭が有りますゆっくりと鑑賞してください、
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琵琶湖の水を引き日本初の発電する為の施設です、
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この事業の間に殉職者の方々の慰霊碑です。
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蹴上には疎水記念館が有ります、無料で見学できます、
水の流れる力を回転力に代えたり
回転で発電する機械が有ります、ドイツ製らしいです、
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田辺朔朗の設計で琵琶湖疎水が完成しました。
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この近くには、無鄰菴や和食の瓢停さんが有ります。
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岡崎ZOOも有り一日ゆっくりとご鑑賞下さい。何所も桜満開です。0116
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今日は、平安神宮から二条通りと岡崎道で六勝寺跡を散策します、
平安神宮は、明治28年平安遷都1100年を記念して創建されました、
祭神は桓武天皇(50代)で平安遷都をされた天皇です、その後に
平安京最後の天皇明治天皇の父帝の孝明天皇(121代)も合祀され
います、(昭和15年から)
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応天門です、二層楼門は大内裏の朝堂院の南正面門の応天門を復元
されたものです、


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大極殿です、大内裏の朝堂院の正殿で、天皇や八省百官の朝参や賀正、
即位などの国家の大礼が行われた建物の再建です、その伝統に基づき
前庭の左右に左近の橘、右近の桜が配置されています、
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西の白虎楼と東の清龍楼?平安京の大極殿がモデルです、広場には
西に白虎と東に清龍のオブジェが有ります、日本の四神は東西南北
の守り神で「清龍、白虎、朱雀、玄武です、」
西は神苑の入り口です、庭園は、庭師小川治平衛の作です、
とても美しいものです、
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平安神宮を出て南へ美術館の交差点を東に行くと白河院が有ります、
この辺りに法勝寺が有ったようです、
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駒札に有るように、八角九重塔で高さ八十メートル塔が動物園の中
に有ったのです、
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次に成勝寺に行きます、白河院の前を西に行きます、左に岡崎ZOO
の交差点を少し西へ、市バスのバス停の手前浸りに有りました、
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去年まで植木に埋もれていましたが、今日は綺麗に見えます、
美術館の敷地です、此のまま西へ進みます、成勝寺に行きます、
ポリボックスの横の市電が展示されている公園が有ります、
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都メッセの東北に当たります、次に延勝寺に行きます、
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都メッセの西北の角に有ります、
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もう一つ都メッセを西橋を越えたら南へ疎水沿いに有ります、此処から
北に行きます、二条通りを超え冷泉通り迄北へ右手の橋を渡り北へ
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この辺りま尊勝寺でした、今来た道を戻りロームシアター戻ります、
東側を北へ行くとドン付に有ります、
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有りました、説明図を大きく映します、
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次が大変でした、最勝寺を咲かします、場所は岡崎クランド
あたりから、尊勝寺辺りなのですが石碑が有りません、有ったのは
此れだけです、
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見難いのですが、最勝寺がこの辺りせつめいしているみたいです?
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此の写真の右端に説明しています、_W2A0555

六勝寺は、天皇や中宮の発願で、白河(現左京区岡崎)の地に建立
  された6つの寺院です。

法勝寺(ほっしょうじ)白河天皇御願。承暦元(1077)年落慶供養。 

尊勝寺(そんしょうじ) 堀河天皇御願。康和4(1102)年落慶供養。 

最勝寺(さいしょうじ) 鳥羽天皇御願。元永元(1118)年落慶供養。 

円勝寺(えんしょうじ) 鳥羽天皇中宮待賢門院藤原璋子御願。

成勝寺(せいしょうじ) 崇徳天皇御願。保延5(1139)年落慶供養。 

延勝寺(えんしょうじ) 近衛天皇御願。久安5(1149)年落慶供養。

「六勝寺の大体の場所」

●延勝寺現都メッセの西側から東大路迄

●成勝寺ポリスボックスの横の公園内

●円勝寺京都市美術館辺り二条通りのバス停近く

●最勝寺石碑無しで旧京都会館~岡崎グラウンド迄くらい、

●尊勝寺旧京都会館の中?

●法勝寺動物園から北に有る白河院あたりで高さ80m九重の塔(八角形の屋根)現ZOO

白河院は、もと藤原良房の別荘白河別業で、藤原氏北家に代々継がれていましたが、

藤原師実の時に白河天皇に献上され、承保2年(1075)白河天皇によってこの地に法勝寺

が建立されました。法勝寺は、尊勝寺、最勝寺、円勝寺、成勝寺、延勝寺とともに六勝寺

とされました。広大な寺で、五大堂、八角堂、常行堂などの諸堂が並び、池の中島には高さ約

80mの八角屋根の九重塔があったといわれています。文治元年(1185)の大地震で

塔以外の大半が崩壊、承元2年(1208)の落雷で塔も焼失。この時は栄西禅師が

大勧進となって一部再建しました。康永元年(1342)の火災で焼失し、その後衰退し、

廃寺となりました。
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法勝寺と関係が有るみたいですが解りません。_W2A0549
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二軒とも盛業店です、美味しいおうどんをどうぞ、上の山元さんはこの時
開店前でした。















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ここ白川では、桜の季節に合わして柳の若葉が美しくなります、_W2A0327
白川、三条、岡崎、粟田口、等はこじんまりとした旅館が
点在しています、
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白川には、明智光秀の塚が有ります、
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此処も旅館です、
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青蓮院門跡です、粟田御所奥に山門が有ります、
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樹齢800年を超す楠が有ります(4本)_W2A0339
青蓮院は天台宗五門跡の一つです、
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いかにも御所らしい佇まいです、
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親鸞聖人が得度された寺院です、青不動明王画像と霧島ツツジの
庭園が有ります、
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寺院内は、落ち着いた雰囲気です、
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江戸中期に洛中大火災で皇居炎上により青蓮院を仮の御所と定め
られました(短期間でも天皇が住まわれたら御所と呼びます)
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青蓮院から南に行くとT字路に瓜生石が有ります、隕石だとか、石の下に
トンネルが有り二条城に繋がっているとか言われています?
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知恩院の別門の前を通り南へ、
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日本最大の山門前をカラフルな市内観光バスが来ました、
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日本最大の山門です、知恩院は浄土宗総本山です、東山三十六峰の
一つ華頂山の山麓に有るのが知恩院です、
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正面の階段は男坂といわれ、敵が攻めにくくするためのものです、
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御影堂の屋根に傘が忘れています ↑  2/3位上に見えます、 
此れは左甚五郎の物とされています、綺麗に取れません、
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この様に知恩院は第二の二条城役目も果たすものです、
この様な考え方は、すでに秀吉の作った寺町と同じで、
戦争時に兵舎の役割が有ります、京都のお寺には、お墓の無いお寺が
多数あります、殆どが兵舎の役目を果たせる設備が有ります、
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方丈?小堀遠州作の庭園が見事です、枯山水庭園反対者です、
水が無ければ庭園で無い、江戸時代の有名な作庭家です、
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銅鐘江戸時代のものです、国内最大の銅鐘で三条釜座の釜師達に
よって作られたものです、重量約70トンとされています、
毎年大晦日に金を突くのに17が突く者と止める者に分かれ、108つ
の鐘を鳴らします、ちなみに日本三大梵鐘は、
知恩院、方広寺、奈良の東大寺の梵鐘です、
かの有名なアインシュタインが来日し、知恩院の銅鐘の中に入り
中央に立ち鐘を鳴らさせた逸話が有ります、皆は耳が潰れるから
と言いましたが、アインシュタインは周りから均一に響くので
大丈夫と言い、実践しました、結果は僅かに音が聞こえる位とか?
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帰りは、円山公園に出ました、
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円山公園山麓には、五軒ほどの小規模な旅館が点在します、静かで
上品な空間です、時間を無駄に使いたい人にとっては、最高の場所
です、

(3月24日現在桜が市内各所で開花が進んでいます週末に満開でしょう)

京都散策お楽しみください。
 





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ここは、京都バス大原三千院終点駅です、看板の通り京都駅、
河原町四条、三条、出町柳駅等で乗れます、平日は約30分間隔で、
日、祝日等は臨時が出るようです、
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信号を渡り三つ又の道を左に行くと、喫茶店、お土産屋さんが有ります、
ここは松門さん、お食事処です、
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途中お漬物やさんや布製品とか色色ります、
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坂を上がりきると左に行けば三千院ですが、このまま東へと進みます、
左手に見える門は、車いすの方は此処から入れます(要連絡)
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更に東に進みます、左手に赤色の門が見えます、この門は朱雀門です、
往生極楽院の南門です(藤原時代の様式で、江戸時代の再建です)
往生極楽院が本殿の時代の正門に当たります、
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少しきついコースですが頑張って下さい、此処魚山は僧の修行の場
です、来迎院もその一つです、
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来迎院の前を通り東へ後5分頑張る、
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来迎院本坊です、
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此処は修行者の宿坊です、
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まだまだこれから、坂を上ります、
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魚山声明の説明駒札です、

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やっと音なしの滝に尽きました、少し休憩します、
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光線の条件が悪いので鮮明な映像が取れなくてごめんなさい、
(下手くそですね、)ここ音なしの滝は、聖応大師良忍上人が、
声明の修行中滝の音と声明が交わり、滝の音が消えたと
伝えられています、少し休んだのでこれから三千院に戻ります、
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途中幾つかの寺院が有りました、
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此れで奥之院の観光はおわりにします、いよいよ三千院に行きます、
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階段を上がって山門に向かいます、
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ひたり側には、食事処、お漬物やさん、お土産屋さんが有ります、
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三千院は比叡山延暦寺の末寺です、天台宗五門跡の一つです、
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ここが三千院山門で梶井門跡の表示が有ります、個人の方は、
山門をくぐって左へ、拝観料を払い玄関で備えて有る袋に履物を入れ
持っていきます、出口が異なります、
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門跡寺院にふさわしい窓です、
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抹茶500円を飲みながらのお庭を堪能してください、
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船底天井で有名な往生極楽院です、阿弥陀三尊座像で藤原時代の
像です、
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わらべ地蔵さんが喜んでいるように見えます、
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石段を上がると左手にお不動さんが此の地を守っておられます、
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更に中央の階段を上がると、美しい観音様がおられます、
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紫陽花コースに回ると、石仏としては、大きな阿弥陀如来座像様が
鎮座されています、
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三千院を出て来た道と反対に行くと、大原問答の場となったお寺
勝林院です、1186年の秋梶井門跡の顕真僧正が法然上人を招き
浄土教にいて議論を戦わせたものです、この石法然上人が座りお供の、
熊谷直実が持っていた護身用の鉈を捨てさせたところだそうです、
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勝林院は、屋根の修復中ですが拝観は出来ます、
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勝林院手前を左に行くと、血天井で有名な宝泉院が有ります、
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実光院です、勝林院塔頭です、女性専門の宿坊です、
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律川と呂川の語源に成った川です、
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呂律が回らないは、調子はずれの事、

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女一人の歌の石碑です、
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最後に三千院は、語ればきりが無い程沢山の事が有り、
私には説明をするだけの能力が有りません、勝手ながら簡単に説明
したいと思います。

「三千院は天台宗五門跡の一つで、約540年前の応仁の乱の後作られた」
三千院は、約1200年前の平安初期の延暦寺の伝教大師最澄が根本中堂を
創られたころ東塔で生まれた、平安末期に、堀河天皇の(73代)
第二皇子の最雲親王が滋賀県坂本の梶井に入室され、梶井門跡となる、
門跡の格式の為、寺領として大原(だいげん)を与えられた、
慈覚大師円仁が創った魚山大原寺(だいげんじ)と来迎院、勝林院、
寂光院、をも支配した、(魚山大源寺は慈覚大師が838年に中国の唐に留学
時の山西省と場所を探していてよく似た此処大原に大原寺を作った。

粗末な説明で申し訳ございません。

尚京都の桜は、後2日から3日で開花しそうです、
大原はまだ10日位かかりそうです、
開花すれば以下の様になります、
今年は、かなりすいていますのでゆっくりとどうぞ。
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_W2A5409 (2)
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_W2A5438
_W2A5440
_W2A5445_1
_W2A5450_1
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お待ちしております。






























_W2A0104
東寺(教王護国寺)です、東寺真言宗約1200年以上前の創建です、
東寺は京の南を守るために時の天皇、嵯峨天皇から空海に授けられた
官寺です。当時の大内裏(御所)は二条駅の北辺りに成ります、
南に羅城門が有り当時のメインストリートで横幅約85mで朱雀大路
で現在の千本通リです、羅城門は東寺と西寺と共に南の玄関口でした、_W2A0206
此れが羅城門後の石碑です、現在の道路状態はかなり変っています
ので、道路名はずれています、この羅城門を西に徒歩約7分行き北に
くと、西寺跡に尽きます、現在は、小高い丘に石碑が立っています、
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西寺は、平安初期の823年に、守敏僧都(しゅびんそうず)に
与えられたものです、鎮護国家の道場として発展しましたが平安中期
の990年に焼失しました、此の西寺の規模は東寺と同じかどうか
私には確認できていません、
_W2A0106
食堂(じきどう)です、わるものを退治する天が居ます、
_W2A0114
良い形をした灯篭ですが私には、どの様な灯篭か解りません、
_W2A0108
宝蔵です、高床式の宝物庫です、
_W2A0121
受付で拝観料を払い直ぐに、枝垂桜が有るのですが後1週間後位に
満開でしょう、此処は、朝一番の写真ポイトです、午後は逆光です、
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講堂です、室町末期の再建です、曼荼羅を彫刻物で再現されています、
中央の大日如来像は圧巻です、
_W2A0155
金堂です、桃山時代の再建です、豊臣秀頼が奉行の片桐且元
(かたぎりかつもと)に命じ再建されたものです、ここは秀頼か゛
北政所の安息を願い入魂したものとされています、
_W2A0129
弘法大師は此の五重の塔や講堂など造営しましたが、五重の塔も焼失
していましたが、徳川三代家光が創建時と同じ造りで再建しました、
高さ約55mで我が国最大で最高のものです、
(五重の塔はぶっしやり仏舎利を祀る所です、)
_W2A0133
天邪鬼?(あまのじゃく)何処にいるかな、
_W2A0162
此れは建物の敷石です、以前はごろごろと有りましたが、今は少しだけ
有ります、探して下さい、
_W2A0158
東寺の南門です、この前に国道1号線が走っています、
_W2A0181
最後に大師堂が修復中でした、
_W2A0198
そうそう、此処は観智院です、宮本武蔵が一条寺下がり松で
𠮷岡清十郎と決闘し此処観智院に身を隠したとされる観智院です、
武蔵の描いた絵が展示されています、

京都の桜はボチボチと咲いてきています、後1週間もすれば満開かな?








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